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北欧旅行記 N0.7 マトジャルビ (スウェーデン)

【北極圏の村 マトジャルビ(Matojärvi) 】
北欧旅行記の最終回です。前回はマトジャルビ村にある友人宅の暮らしを紹介しましたが、今回は、彼らの所有地にある森や湖畔を散策したときの様子や、フィンランド国境ぞいにある展望台や記念碑を訪ねた時の写真を紹介したいと思います。

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友人は、父親から相続した農地や森や湖など、合わせて14ヘクタールを所有しているそうです。森の中を散策し、開けたところで撮ったのがこの2枚の写真です。「あの端までが私たちの土地」と説明してくれました。当然ながら、見渡す限り我々以外誰もいませんでした。 が、もちろん野生動物たちは住んでいるわけで、、、

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このあたりに住む野生動物の中でもっとも大きいのがムースです。私はストックホルムの動物園でしか本物をみたことがありませんが、大人のムースは大型牛くらいの体格で立派な角があります。ムース狩りの解禁時期は9月とのことで、その時期になると、自分達で建てたムース小屋に毎日出かけるそうです。1シーズンで1頭も射止められないこともあるそうですが、それでも夜明け前に小屋に入り、物音をたてずにムースが来るのを待つとのこと。左の写真の小屋に入らせてもらいましたが、畳2畳くらいの広さで遠くまで見渡せます。ムースは右の写真にある白い棒の塩分をなめにくるそうで、小屋から数十メートル離れたところに、このような棒が立ててありました。 残念ながらムースには遭遇できませんでしたが、小屋の中でムースのグミを食べました(笑)

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森の中は砂利を敷いて整備しているところもありましたが、奥深くに入ると幻想的な景色が広がっていました。右の2枚の写真の中央にある黒い部分からは湧き水がでてきて、冬のマイナス40度の寒さでも凍らないそうです。

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マトジャルビ村から車で小一時間、北極圏のラインを示す看板や記念碑のあるところに連れていってもらいました。北極圏のラインは地球の軸の傾き等の影響で現在は少しずつ北に移動してますが 12000年後に折り返し 、22000年後におよそ今のところに戻り、さらに南下するそうです。太陽や地球を感じられる場所です。お世話になったスウェーデン人夫婦が、地球をかたどったオブジェの中でのKiss。ステキでした。

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川の対岸がフィンランドです。車で国境の橋を渡り、5秒だけフィンランドに滞在してスウェーデンに戻りました。これでデンマーク、スウェーデン、フィンランドの3国を旅したことになりました😁

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3日間お世話になったAgneta&Las-Göran夫妻と展望台にて。20歳で初めてスウェーデンに行ったときからのご縁です。最後の写真は、滞在した部屋の窓から夜11時すぎに撮りました。沈まぬ太陽、まさに白夜です。

帰国して1カ月以上たってしまいましたが、ブログ掲載のために写真を整理することで、楽しかった記憶を呼び覚ますことができました。 最後までおつきあいくださいまして、ありがとうございました。

北欧旅行記 N0.6 マトジャルビ (スウェーデン)

【北極圏の村 マトジャルビ(Matojärvi) 】
 北欧旅行最後の3日間(6月28日~30日)は、北極圏の町ルーレオから車で2時間の村 マトジャルビで過ごしました。一番近いスーパーまで35キロもあり、村までの道のりには、森や農地や小さな村が点在していました。この村に年間通して住んでいるのは10人ほどですが、夏場は倍以上に増えるそうです。私の友人は、この村の出身ですが、ストックホルム近郊に自宅があり、定年退職後、夏から秋のムース狩りのシーズンだけ、ここで暮らしています。

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まずは地図で場所を確認します。左の地図は、今回の旅行で訪れたデンマーク(オーデンセ)、ストックホルム、そしてルーレオです。右の地図は、ルーレオ付近を拡大してみました。右端のラインがスウェーデンとフィンランドの国境です。

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ルーレオからマトジャルビに向かう道で撮った写真です。最初は道幅が広くて舗装されていましたが、途中から砂利道になりました。右の写真は、マトジャルビ湖で、ここから村の名前がきています。マトジャルビはフィンランド語で「ヘビの池」という意味だそうです。

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ルーレオから車で2時間、マトジャルビ村の友人宅に来ました。友人の祖父がこの地に入植し、父親の代まで林業を営んでいたそうです。母屋のほかに、やや小さな離れ、倉庫があり、周囲の農地や森や湖など、合わせて14ヘクタールを所有しているとのことでした。

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敷地内では、ニワトリを飼っていて、遊びに来た孫たちがニワトリに餌をやったり、卵を回収したりしていました。

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孫のための遊び小屋やブランコもありました。友人夫妻には4人の子どもがいて、一番下の息子の家族が遊びに来ていました。私が最後に彼(息子・緑のシャツの男性)にあったときは14~5歳だったと思いますが、今では立派なお父さんです。スウェーデンでは男性も育児休暇をとるのが義務になっているので、ふたりの子どもたちの育児休暇をそれぞれ数カ月取ったと言っていました。

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北極圏の夏は短く、8月には秋風が吹きます。冬場にはマイナス40度になることもあるそうです。暖房用の薪を備蓄するために、森に出かけては木を伐り出し、薪のサイズに切断していきます。真ん中の写真は、修理中だった中型トラクターが納入されたときに撮りました。私は小型トラクターを運転させてもらいました。

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畑で栽培したルバブルで、食後のデザートをつくってくれました。やや酸味のあるルバブルの焼き菓子にバニラクリームをかけていただきました。収穫の担当は妻、デザートの担当は夫、本当に仲の良い夫婦です。食卓もスウェーデンらしいテーブルクロスで、大皿料理をいろいろ御馳走してくれました。

次回はいよいよ最終回です。周辺の森や湖を散策したり、北極圏の記念碑やフィンランド国境を訪ねた様子を紹介します。

北欧旅行記 N0.5 アーランダ (スウェーデン)

【アーランダ空港】
 今回の旅行行程では、6月24日午後の便で、デンマークのコペンハーゲン空港からストックホルムのアーランダ空港に飛び、4日後の28日にさらに北のルーレオに向かうことになっていました。この4日間に、ストックホルムとウプサラでそれぞれ人と会う予定があったので、ふたつの都市の中間地点にあるアーランダ空港の敷地内にあるホテルに宿泊しました。

 部屋の窓は左右(南から北)に開けていたので、夜10時すぎから深夜にかけて、部屋からの景色を撮ってみました。夏至から数日後ということになりますが、同じ時間に撮影しても方角により空の色が異なり、北は明るく、南は暗いです。地球の形や北極圏で太陽が沈まないことを考えれば当然なんでしょうが、夏でも夜7時すぎには暗くなる日本で暮らしていると想像しがたい景色が広がっていました。

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夜11時過ぎにホテルの窓から撮影した景色です。 左の写真は部屋から南側、右の写真は北側を撮ったものです。

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日没時の夕焼けも美しかったです。

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海外滞在10日にして、どうしても味噌汁が飲みたくなり、空港内のSUSHIレストランで夕食を食べました。これでJyo (上、Namiのひとつ上)。お箸の包装にありますが、店の名前は itamae でした。う~ん、日本ではありえないネーミングですね。店員は日本人ではなさそうで、店員同士は中国語らしき言葉をしゃべっていました。アスパラ入りのノリマキ、薄っぺらいネタ、値段...おそらくこれが日本だったら許せないレベルでしたが、しょうゆをつけた酢飯はおいしいと思ったし、味噌汁は二回もおかわりしてしまいました。

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空港の施設は、広くて清潔でオシャレで、食事の値段が高いことを除いては、文句のつけようがありませんでした。真ん中の写真は、空港からストックホルムやウプサラに向かう列車への改札口です。一番右の写真は、空港施設からそのままホテルに通じる通路です。

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クラリオンホテルは、最近改装されたそうで、部屋は広くて見晴らしがよく、浴槽は大きくて熱いお湯が出るし、とても快適でした。朝食はバイキングで、パンやフルーツ、おかずの種類も豊富だったので、毎朝あきずにおなか一杯食べました。

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アーランダとストックホルムを20分ほどでつなぐ特急列車があったので、在来線より料金は高かったのですが、観光の1つと思って乗ってみました。座席前方の電光掲示板に速度が表示されていて、写真は183km/h ですが、最高で186km/hに達していました。新幹線よりは遅いですが、前回来たときにはなかった路線なので、ああやっぱり街は変わっていくんだなと思いました。

今回はお金は多少かかっても、利便性を最重視して、宿泊先を選びました。 最近、クレジットカードの利用明細を受け取り、「うわ~高い」とため息をついてますが、トラブルなく無事日程を終えることができたので、これでよかったんだと思っています。

次回は、北欧圏の村でのカントリーライフを紹介します。お楽しみに。

北欧旅行記 N0.4 ウプサラ (スウェーデン)

【ウプサラ観光ガイド】 (写真は6月26日と27日に撮影)
 ウプサラはストックホルムから中距離列車で約1時間のところにあります。15世紀に創立されたウプサラ大学を中心に栄えてきた町で、ウプサラ大聖堂も北欧屈指の教会として有名です。スウェーデンでの滞在日が3日あるなら、ぜひ訪ねてみてほしい街です。ストックホルム観光と同様、各写真に簡単な説明文をつけました。ウプサラ大聖堂から始まり、最後の数枚は、私のスウェーデンでの「ホーム」の写真を載せました。

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ウプサラ大聖堂は、13世紀ころから建築がはじまったとされるウプサラのシンボル的存在。現在の建物は1880年代に再建された。中心街から見たウプサラ大聖堂も、近くで見る大聖堂も美しいです。入口前でセルフィー。

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ウプサラ大聖堂内の写真。本当に立派な聖堂です。礼拝のときに牧師が説教する檀は、王族からの寄贈との説明がありました。入口から一番奥のところにマリア像(蝋人形?)がありました。マリア像は数多くありますが、この像は、背丈、顔つき、顔や体の色など、実際はこんな姿だったであろうとの推測のもとに作られたそうです。イケメンの若い牧師が、40分かけて聖堂内に葬られている偉人の墓などの紹介をしてくれました。

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大聖堂から数分歩くとウプサラ大学図書館があります。ウプサラ大学は、スウェーデンで最も長い歴史を誇り、ノーベル賞審査員を多数輩出する世界屈指の大学です。ウプサラ大学図書館前からさらに数分、坂を上るとウプサラ城が見えてきます。現在はウプサラ大学のコレクションを展示する美術館になっています。

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ウプサラ城から市街地の反対側に位置する庭園を眺めた写真と、市街地からウプサラ城を眺めた写真。この2枚は今回の旅行で撮った中でも特に気に入っています。

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時間と足があれば、車で15分ほどのところにあるガムラウプサラ(英語で Old Uppsala)も訪ねてほしい。ガムラウプサラの古い教会のそばに連なる丘(王の墓)。4世紀から6世紀にかけて、ここが政治の中心部であったらしい。

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学生時代にお世話になったスウェーデン人の夫婦と感動の再会。スウェーデンでの私の「ホーム」です。2人ともすでに現役を引退して10年以上たちますが、Klasはかつてドイツ語と英語の教師、高校の校長を務め、Levinaは病院の検査技師でした。テラスでランチをごちそうになりました。サーモンにポテト、特製ソース、デザートは、ガムラウプサラ近くの露店で買ったイチゴとアイス。すべてKlasがつくってくれました。

ウプサラでは、WHO-UMCという施設も訪ねましたが、今回は観光ガイドなので省略します。繰り返しになりますが、ウプサラはステキな街なので、ストックホルムからぜひ足を延ばしてみてください。

北欧旅行記 N0.3 ストックホルム(スウェーデン)

 【ストックホルム観光ガイド】 第2回
今回はノーベル博物館からです。ガムラスタンの中心部 Stortorget にあって、私は初めて入館しました。入口からすぐのところに昨年受賞した人々(Current Nobel Laureates)の写真とプロフィールを紹介した黒色のボードが各賞ごとに並んでいました。オートファジーの研究で受賞した大隅教授のボードもありました。そこをさらに進むと10年ごとに受賞者のプロフィールや研究内容を紹介したボードと自分で操作できる画面が並んでいます。入口を右に進むと小さなシアターがあり Creative Individuals (創造的な偉人たち)を紹介した3分程度のビデオが随時流れていました。私が入った時には偶然、iPS細胞の研究で受賞した山中教授のビデオが流れたので、本当に感動しました。

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Stortorgetの広場から撮ったノーベル博物館の外観。大隅教授は単独受賞だったので、医学生理学賞のボードをひとりで独占してました。画面を触るとビデオも流れました。

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小シアターで上映されていた山中教授のビデオ。iPS細胞の研究の紹介からノーベル賞授賞式の映像まで約3分。数ある受賞者のビデオが流れる中で偶然この時間にシアターに居合わせて本当にラッキーだと思いました。シアターを出た廊下には授賞式と晩さん会の写真が飾ってあって、名古屋大の天野教授の写真も見つけました(右の写真の左下)。

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折角なので、晩さん会で使われる食器の写真も。これはノーベル博物館ではなく、ストックホルム市庁舎(授賞式後の晩さん会会場)で撮った写真です。ついでに前回紹介しわすれた市庁舎の金の広間の写真も。壁の絵の真ん中にいるのはストックホルムの女神とのこと。ここで晩さん会後の舞踏会が行われるそうです。

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この日(6月25日)は、ノーベル博物館を見学した後に、スウェーデン人の友人と再会し、喫茶店でお茶をしてからガムラスタンの中を散歩し、ストックホルム宮殿の宝物展を見ました。左の写真は宮殿を出たところで撮ったものです。ストックホルムの町と水の色、空の色、そして、この雲の形が私は大好きです。

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スウェーデン時の友人が、最近テロがあった通りに案内してくれました。H&Mなど日本でもおなじみの店が立ち並ぶ市民の憩いの場 Drottninggatan。 当時、私の友人は、2ブロック先で会議中で、車が突っ込んだときには、大きな音と衝撃があり、その後周辺が封鎖されたので、解放されたのは3時間後だったとのこと。ふだんは賑やかな街が静まり返り、異様な風景だったと言っていました。私が訪ねたときのDrottninggatanはふだんの賑わいを取り戻していましたが、テロのときに車がつっこんだ店は、ショーウィンドウは取り換えられたもののまだ開店準備中らしく、白い紙が貼られていました。

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私の写真技術では十分に伝えられませんが、ストックホルムは本当に美しい首都だと思います。私にとって”第二の故郷”スウェーデンに夏至の時期に戻ってこられたことに、大きな幸せを感じたひと時でした。